熟れる 5

どれくらい寝ていたのか。

暗闇で目を見開く。

体感では、数分しか経っていない。

でも、多分、まだオレは夢の中だ。

ソファの足元に、誰かが座っている。

「ナルト?」

それは単純な連想だった。オレがへばって寝ていると、火影室に現れたナルトがよく、こうして座ってきたからだ。

「先生、家に帰ってねえんだな」

ナルトだった。でも、その声は、いつも聞く元気な声じゃない。自分の事よりナルトが気になって、オレは上体を起こす。暗い中に、ナルトが座っていた。

「どうした?」

暗みで見るナルトは、いつもより大人びて、オレの何かが、これから起こる事象を察知した。

「いつ来たんだ?オレ、気付かないほどぐっすりだったわけね」

「先生」

「ん?」

オレの返事と、ナルトの手がオレの頬に触れるのとが同時だった。

「あ」

虚空にポツンと置いたかのようなオレの声が喉から漏れて、ナルトがゆっくり笑むのが見えた。

「先生、もう忍者じゃないみてえ」

そう言われるのが一番いやだったのに、今は平気だった。さっきの予感とそれは程よく混じって、これから時間の中を転がって行く事への印象は、全てを含んでいながら、すべてから切り離されて独立しているような、そんな不思議さでオレをゆっくり浸食する。ナルトが言う。

「火影は辛いよな」

ナルトの表情は、ナルトのモノで、同時に、今までオレを慈しんでくれた人たちのモノでもあった。

「ナルト、どうしたんだ?」

オレの息継ぎのセリフに、でも、そこだけははっきりと首を横に振る。わかりきったくだらない問答は、不要らしかった。ナルトが続けた。

「先生、生き延びる人間ってのは、何が他と違うんだろうな?」

ナルトの指がゆっくり頬から落ちて、そのままオレの唇をなぞり、それは明らかに前戯で、オレはすぐにでも目を閉じたかったのに、乾いたガラス窓の奥行きも、横目に見えていた。ここは火影の部屋だ。

「違いって・・・死んでしまうヒトと?」

「うん」

「・・・わからないよ」

「未練だよ」

心臓に痛みが走る。

そんなことを言うナルトなんて、オレの中にないのに、オレは受け入れている。

「未練?」

ナルトは頷くと、その身体を倒し、オレを抱きしめる。

 

ああ・・・

 

全身が安堵の息を吐いた。

心地よい。

どんな人も、誰も、ナルトのような大きさで、大人になってしまったオレを抱きしめてくれた人はいなかった。身体中が弛緩して、震えながら、その強ばった形を溶かしていく。

「先生」

「ナルト」

「ずっと・・・」

「うん」

「ずっと、こうしたかった」

「オレも」

「ああ、先生」

「うん」

「先生」

ナルトはオレの返事が耳に入っていないかのように、何度もオレを呼ぶ。オレは愚直に、全てに頷いて、涙が耳の方に流れ落ちても構わなかった。冷えた室内に、涙が熱い。

「俺は死なないよ、先生」

「ふふふ。わかってるよ」

「わかってねえってばよ」

「わかってる」

「もう、俺の中に九喇嘛はいねえ」

わかっていた。

このナルトは、どこか遠いところから来たんだと、オレは知っていた。大人びた表情と、落ち着いた物言いは、本当にオレが想像した通りの、成長したナルトだ。そのたくましい姿は、エネルギー的には微塵のネガティブもない。さぞ、みんなから頼りにされているのだろう。そんなナルトの中から九喇嘛がいなくなるなんて、相当なことがあったに違いない。

「よく頑張ったな」

「あたりまえだ」

ナルトが目線をオレからすっと横に流す。そして付け足した。

「だって、俺は火影だからな」

「!」

一気に涙が溢れ、その勢いはオレを呻かせる。そうとは信じていても、そうとはわかっていても、直接、ナルト本人から聞くと、さすがに感情はコントロールできなかった。オレが喉に押し殺した嗚咽を、ナルトも聞いていた。

「なんだよ、先生、わかってたんだろ?」

「ああ。でも、な」

「先生が泣くなんて、初めて見たな」

「・・・・」

「エッチの時以外で」

「おま・・・」

でも、ナルトの表情は、からかうのでも悪戯しているのでもなかった。

本当に優しい顔で、オレを見ていた。

「先生」

ナルトが、もう、オレの髪にその顔をこすりつけながら言う。

「九喇嘛がいなくても、」

「?」

「俺の相手をしてくれる?」

その言葉に、微かに、もっと若かったときのナルトの影を滲ませて、ナルトが懇願する。時々見えるナルトの過去の片鱗は、彼がずっと自分の人生を歩いている感覚を、オレに感じさせる。オレも、気持ちを込めて返した。

「あの時、言っただろ?」

ナルトは顔を離すと、オレを見た。お前も、オレに、オレの人生を見ている?

ナルトの優しい眼差しはそのままオレの言葉を促す。

「理由は一つしかないんだよ、ナルト」

「何度でも聞きたい」

「オレはもう二度とは言わないよ」

二度と言わなくても、充分だった。

だって、今は永遠に今なんだ。

ねえ、ナルト。

「お前が好きだよ」

オレの言葉に、今度はナルトが深く呼吸した。

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