鳴門の案山子総受文章サイト
どれくらい寝ていたのか。
暗闇で目を見開く。
体感では、数分しか経っていない。
でも、多分、まだオレは夢の中だ。
ソファの足元に、誰かが座っている。
「ナルト?」
それは単純な連想だった。オレがへばって寝ていると、火影室に現れたナルトがよく、こうして座ってきたからだ。
「先生、家に帰ってねえんだな」
ナルトだった。でも、その声は、いつも聞く元気な声じゃない。自分の事よりナルトが気になって、オレは上体を起こす。暗い中に、ナルトが座っていた。
「どうした?」
暗みで見るナルトは、いつもより大人びて、オレの何かが、これから起こる事象を察知した。
「いつ来たんだ?オレ、気付かないほどぐっすりだったわけね」
「先生」
「ん?」
オレの返事と、ナルトの手がオレの頬に触れるのとが同時だった。
「あ」
虚空にポツンと置いたかのようなオレの声が喉から漏れて、ナルトがゆっくり笑むのが見えた。
「先生、もう忍者じゃないみてえ」
そう言われるのが一番いやだったのに、今は平気だった。さっきの予感とそれは程よく混じって、これから時間の中を転がって行く事への印象は、全てを含んでいながら、すべてから切り離されて独立しているような、そんな不思議さでオレをゆっくり浸食する。ナルトが言う。
「火影は辛いよな」
ナルトの表情は、ナルトのモノで、同時に、今までオレを慈しんでくれた人たちのモノでもあった。
「ナルト、どうしたんだ?」
オレの息継ぎのセリフに、でも、そこだけははっきりと首を横に振る。わかりきったくだらない問答は、不要らしかった。ナルトが続けた。
「先生、生き延びる人間ってのは、何が他と違うんだろうな?」
ナルトの指がゆっくり頬から落ちて、そのままオレの唇をなぞり、それは明らかに前戯で、オレはすぐにでも目を閉じたかったのに、乾いたガラス窓の奥行きも、横目に見えていた。ここは火影の部屋だ。
「違いって・・・死んでしまうヒトと?」
「うん」
「・・・わからないよ」
「未練だよ」
心臓に痛みが走る。
そんなことを言うナルトなんて、オレの中にないのに、オレは受け入れている。
「未練?」
ナルトは頷くと、その身体を倒し、オレを抱きしめる。
ああ・・・
全身が安堵の息を吐いた。
心地よい。
どんな人も、誰も、ナルトのような大きさで、大人になってしまったオレを抱きしめてくれた人はいなかった。身体中が弛緩して、震えながら、その強ばった形を溶かしていく。
「先生」
「ナルト」
「ずっと・・・」
「うん」
「ずっと、こうしたかった」
「オレも」
「ああ、先生」
「うん」
「先生」
ナルトはオレの返事が耳に入っていないかのように、何度もオレを呼ぶ。オレは愚直に、全てに頷いて、涙が耳の方に流れ落ちても構わなかった。冷えた室内に、涙が熱い。
「俺は死なないよ、先生」
「ふふふ。わかってるよ」
「わかってねえってばよ」
「わかってる」
「もう、俺の中に九喇嘛はいねえ」
わかっていた。
このナルトは、どこか遠いところから来たんだと、オレは知っていた。大人びた表情と、落ち着いた物言いは、本当にオレが想像した通りの、成長したナルトだ。そのたくましい姿は、エネルギー的には微塵のネガティブもない。さぞ、みんなから頼りにされているのだろう。そんなナルトの中から九喇嘛がいなくなるなんて、相当なことがあったに違いない。
「よく頑張ったな」
「あたりまえだ」
ナルトが目線をオレからすっと横に流す。そして付け足した。
「だって、俺は火影だからな」
「!」
一気に涙が溢れ、その勢いはオレを呻かせる。そうとは信じていても、そうとはわかっていても、直接、ナルト本人から聞くと、さすがに感情はコントロールできなかった。オレが喉に押し殺した嗚咽を、ナルトも聞いていた。
「なんだよ、先生、わかってたんだろ?」
「ああ。でも、な」
「先生が泣くなんて、初めて見たな」
「・・・・」
「エッチの時以外で」
「おま・・・」
でも、ナルトの表情は、からかうのでも悪戯しているのでもなかった。
本当に優しい顔で、オレを見ていた。
「先生」
ナルトが、もう、オレの髪にその顔をこすりつけながら言う。
「九喇嘛がいなくても、」
「?」
「俺の相手をしてくれる?」
その言葉に、微かに、もっと若かったときのナルトの影を滲ませて、ナルトが懇願する。時々見えるナルトの過去の片鱗は、彼がずっと自分の人生を歩いている感覚を、オレに感じさせる。オレも、気持ちを込めて返した。
「あの時、言っただろ?」
ナルトは顔を離すと、オレを見た。お前も、オレに、オレの人生を見ている?
ナルトの優しい眼差しはそのままオレの言葉を促す。
「理由は一つしかないんだよ、ナルト」
「何度でも聞きたい」
「オレはもう二度とは言わないよ」
二度と言わなくても、充分だった。
だって、今は永遠に今なんだ。
ねえ、ナルト。
「お前が好きだよ」
オレの言葉に、今度はナルトが深く呼吸した。