遅く来た春




もう、日差しは、とっくに春の柔らかさじゃない。
昼に近くなると、ジリジリと髪を焼いた。
  「フェスティバルは終わりね」
空の濃い青を見上げて、サクラが言う。
今は、道端の木陰に、四人で、緊張感も緩むようなていで座っていた。
テンゾウは右を見る。
青い空の下、白っ茶けた道がどこまでも続き、まだ、先は長い。
三人に気付かれないように、そっと息を吐く。
透明な空気に、暑さが、陽炎のグラデーションを作っていた。

  「フェスティバル?お祭り?」
サイが独り言のように言う。
サクラはうなずいた。
  「桜の花、散っちゃったから終わりね」
  「桜のお祭りですか?」
  「うん。昔、花見っていうお祭りがあったのよ。今はやる人少ないけど」
  「知ってるってば。そんときは子供も酒を飲むんだ」
  「そうだったかしら」
  「俺は、イルカ先生に飲まされたぜ?」
ふ~ん・・・・
あの堅そうな教師にもそういうところ、あるんだ・・・・
テンゾウは聞くともなく、三人の話を聞いていた。
頭上に茂る木の葉の隙間から、夏を思わせるギラついた光がチラチラする。
蝉すら、炎天下では鳴かない。
と、「カカシ先生」というフレーズが耳に入った。
何気に聞き耳を立てる。
  「カカシ先生、間に合わなかったね」
  「そうだね」
何のこと?と聞こうと思ったら、タイミング良くサイが尋ねた。
  「お祭りに、ですか?」
  「そうそう。綺麗な桜の木の下で酒飲みたいって言ってたんだよ」
  「気分、違うのかしらね?」
  「さあ~・・・でも、あんま、飲まない人だと思ってたってば」
  「病室にずっといると、飲まない人も飲みたくなるのよ」
知ったような会話が続き、やがて三人の話題は、テンゾウにはわからない同期の話になっていった。
休んだだけ、太陽が高くなり、暑さが増した。
やがて休憩時間も終わる。
  「さ、行こうか」
テンゾウが立ち上がると、みんな忍の顔に戻って、装備を整えた。
乾いた道に踏み出すと、微かに埃が舞う。
前を見ると、青さに白い道が鮮やか過ぎて、疲労感が増すから、テンゾウは足元の埃だけを見ていた。





  「へ~・・・桜じゃない」
縁側に回ったテンゾウを迎えて、カカシが、薄暗い畳の部屋からのっそり出てきた。
カカシはもう退院して自宅にいた。
桜を見て、目を細める。
  「うわ、まぶしいな」
しかし、桜を見たのは一瞬で、すぐに頭上の太陽を避けて、また奥に引っ込む。
  「確かに、気持ちいいを通り越して、暑いです」
  「なんで桜なんだ?」
カカシと会話のキャッチボールが成り立たないのにはもう慣れた。
でも、ナルトたちとしゃべっているときは、むしろきちんと会話が成立していたので、ボクにだけそうなんだろう。
それは、特別ということなのか?
  『ボクに気を許しているということなのか・・・・』
テンゾウは、庇(ひさし)で陰になった縁側に腰掛けて、桜の顛末を話そうとした。
が、またもカカシの声に遮られる。
  「まさか、お前の木遁?(笑)」
笑ってる。
違いますと言おうと思ったが、カカシの機嫌がいいので、あえて黙っていた。
  「花屋とかできるんじゃない?いのの所に卸したりさ(笑)」
平和利用か。
いいかもしれない。
  「・・・・怒んないのか?」
テンゾウが黙っているので、そんなことを言ってくる。
すぐ傍に来て、桜の枝に手を伸ばす。
  「怒りませんよ。いいアイデアです」
テンゾウはカカシに桜を渡した。
直線的な輝く日差しと、幽玄な空気さえ漂う縁側の奥の暗みの間を、薄い桜色の花が揺れる。
  「綺麗だな」
カカシが小さな声で言う。
桜の色は、今は、カカシのいる畳の部屋の空気にゆっくり溶けた。
  「北のほうは、まだ満開ですよ」
  「そうなの?・・・・そうだよな」
一瞬驚き、ついで、うれしそうに納得する。
会話の成り立ちに、テンゾウもうれしくなる。
そして。
周りの空気が暗いから、桜の溶けた色を反射したカカシの顔は、見とれてしまうような複雑な雰囲気で、テンゾウは、飲まれるようにその色を見た。
カカシはしばらく桜を見ていたが、と、その手をすばやく動かして、花びらを見事に散らした。
  「!」
幻術のような一瞬にテンゾウが目を見開く。
  「散り際が美しいなんて、呆れた花だ」
空気抵抗と美術効果を計算し尽くしたような、見事な速度とバランスの動きで、桜は静かにあたりに散る。
数枚は、容赦ない直射日光の中に飛び出し、夏の雪のように新鮮に輝いた。
  「上がってもいいですか?」
桜がまだ散る中を、テンゾウがカカシを見る。
カカシは頷きもせず、「どうぞ」と、声のみで応じた。
部屋に上がり、暗さに溶けた桜色めがけて手を伸ばす。
簡単に、カカシの肩に触れた。
カカシがこちらを見る。その目を見返して、その数秒で、テンゾウはもうカカシを抱きしめていた。
  「お前・・・熱いな・・・」
細い身体をもたれさせて、カカシが言う。
  「さっき言ったじゃないですか。暑いんです、外は」
  「ああ・・・」
もう夏なんだな、と一人ごち、「どうして北に行ったの?」と聞く。
  「桜を取りに行ったんですよ」
  「なんで?」
鈍いのか、わざとなのか。
  「先輩に見せたくて」
するとカカシは、テンゾウには理解できない表情で、こちらを見た。
感動・・・してるわけじゃなさそうだった。
サイの気持ちがわかる。
どう見ても、カカシの表情は『あきれ』の表情だったからだ。
自分の発言の、何がカカシを呆れさせるのか?
それとも、ボクの読みが違っているのか?
カカシの手が、いきなりテンゾウの胸倉を掴んだ。
息を貪るようなキスをされる。
そのまま、カカシに誘導され、畳の上に座り込む。
  「時々」
カカシが言う。
その眼差しはきつくて、テンゾウはのまれたようにカカシを見返すばかり。
  「お前がじれったいよ」
カカシの手に、力がこもり、テンゾウの首をわずかに締め上げる。
カカシの唇は、乱暴なキスで赤く色づいて、確かにそれは、桜色じゃなかった。
  「俺は、いつもこの温度差に、狂いそうになるんだ」
背後に、夏へと色変わりしていく戸外の日差しを感じながら、この室内の濃厚な空気をゆっくり吸い込む。
先輩に、実は強烈に求められていたことを知って、テンゾウは、絞められた喉を鳴らす。
苦しげな呼吸音に、カカシがゆっくり手を離した。
  「とんだことになったって思ってるだろ?」
カカシが笑いもせず、唇だけ微かに歪める。
それは、まったく、テンゾウの心境で、返事もできない。
のまれたようにカカシを見つめるばかりのテンゾウを見て、やっとカカシが微笑んだ。

対峙する二人の間に、フッと桜の色が紛れる。
その空気に、テンゾウが深呼吸して、構図が緩んだ。


カカシは、空気をかき回すように立ち上がり、縁側に立つ。
そうして、もう昼をまわった、真上の太陽からの光線を見つめた。
その姿は、先頭を切って走るカカシを後ろから追っていた頃を思い出させる。
でも、テンゾウの脳裏には、最前の畳に散った桜の花びらの上に手をつくカカシがいた。

目の前のカカシに手を伸ばす。
カカシは庭を見て気づかない。
もう、多分。
それは、自分の意志で触れられる距離だった。
その姿に、微かに欲情している自分を感じて、テンゾウは、ちょっとだけ安堵した。




2008.04.18.

2008.06.28. ラスト、修正。カカシのセリフ、削る。
2009.03.20. 細部修正。