鳴門の案山子総受文章サイト
疲れが身体にベッタリとへばりついている時は、もう、それで言い訳は十分だ。
転がってしまえば、もうそれは、初めからそうなるように決まっていたかのような錯覚すら覚えるほど、つまり、時間は十分に熟していた・・・・と思う。
◇
数日無人だったテンゾウの部屋は、外の闇が明るく見えるほど夜の時間に沈んでいた。
「うわ・・・やばい・・・なんか疲れるよね」
そう言ってカカシが、僅かに床を照らす闇の明かりの中に派手に倒れ込む。
木造の床が軋んで、骨が当たる鈍い音がした。
「床に寝ないでくださいよ」
テンゾウもそう言いながら、カカシの投げ出された足元に座り込んだ。
「暗部のシゴトじゃココまで疲れないよね」
ははは・・・と乾いた声で笑って、寝転んだカカシが髪を掻き上げる。
「・・・ま、そうですね」
認めたくはないが、それは事実だった。
慣れた仕事の方が、精神的疲労度が少ない。
里に戻っての色々は常に二人を疲労困憊させ、その共感は暗部の時より二人を密着させた。
「お前、付き合ってる人とかいるの?」
「え?」
唐突なセリフも、改めて部屋を見回しているカカシには筋が通った質問のようだ。
「言われるまま来ちゃったけど・・・・いいのか?」
「残念ながら、いませんよ」
「・・・そうか」
ゆっくり言いながら、カカシが身体を起こす。空気が動いて、カカシの匂いがした。
「それって、お前がモテないってこと?」
テンゾウがその顔をじっと見る。
暗さの中で、慣れた目を凝らしたが、カカシの感情は読めない。
というか、本当に単純に質問しているようだった。
「うう~ん・・・欲しくないというか・・・」
「(笑)・・・あくまで自分の事情なわけね」
カカシは立ち上がり、勝手にキッチンに行く。
静かな物音に続いて、水が流れる音がした。
「あれ・・・っていうことは、いらないの?彼女?」
コップを探す手間を惜しんだカカシが、手で水をすくい飲む音とともに言う。
どうしようかな、この状況・・・・
と、ぼんやり考えてキッチンを見ると、暗さに口の周りの水滴を光らせてカカシがこっちを見ていた。
「コップ、ありませんでした?電気つけてくださいよ」
「いや、暗い方が気が鎮まる・・っていうか、今、明るくなったよね?」
「そうですね」
同意して、テンゾウも立ち上がる。
カカシについた水滴を光らせていたのは、たった今点灯した窓近くの街灯だった。
「三階だから、モロだな」
カカシが窓際に立つ。
道路からは見上げる明かりも、ここからはそう離れていないところで煌々と輝いている。
「そうですね・・・・夜に帰ってきたことあんまりないから」
「ふうん」
気のない返事をして、カカシは窓際のベッドに腰掛けた。
「で、どうする?」
「はい?」
「どう見ても、喰うモノなんてないようだからさ」
「考えもなく誘ってすいませんでした・・・・」
「別にイヤミじゃないよ。どうする?食べに行こうか?」
カカシは本当にこだわりなく、テンゾウを見上げる。
髪が乱れて、街灯の光を含んでいた。
暗い部屋をバックに、柔らかく色をつけたような銀髪が街灯に浮かぶ。
自分の心が読まれているわけではないだろうが、首を傾げてこちらを見上げる様は、自分のテンゾウに対する影響力を十分知っているかのように、強烈だった。
テンゾウは押し黙り、その沈黙に、カカシも黙る。
少し風が出てきているらしく、ざわつく街路樹の木の葉に、街灯の光が揺れる。
部屋の中を光の騒ぎが通り過ぎ、気づいたカカシが窓を見た。
と、綺麗に整った顎のラインが見える。
テンゾウは嘆息する。
神の手抜かりなく、カカシはすべてが整っていた。
「もう気づいてるんでしょ?」
テンゾウがいきなりそう言ったのは、他にどうとも行動できなかったからだった。
進むことも、戻ることもできない思考停止は、ただただ、相手を非難するような方向違いのセリフとなってカカシにぶつけられた。
「え?」
虚をつかれた人のように、そう言ったカカシの発声は吐息のようだった。
「僕の気持ちですよ」
今度はカカシが黙る。
その表情は、全く意味不明な事を掴もうとしているようではなくて、その雰囲気だけにテンゾウは縋り付く。
「お前の・・・?」
「先輩に対する気持ちです」
カカシの視線がちょっとだけ宙をさまよう。
「ああ・・・そうか・・」
カカシが視線をテンゾウに戻しながら、僅かに頷いた。
「だから欲しくないの・・・?・・彼女・・」
カカシのおかしな理解の展開に、ちょっと意外さを感じながらも、テンゾウははっきりと頷いた。
それを見て、カカシがまた、
「ああ・・・そうなんだ・・・」
と小さな声で言った。
「じゃあさ・・・」
「はい」
「・・・俺、誘われたの?」
転がった、と思った。
つたないカカシの理解の仕方は、ついにテンゾウを微笑ませる。
「そのつもりでした」
テンゾウは言い切った。
「そうかあ・・・」
言ったきり、黙って窓の外を見る街灯に照らされたカカシの顔は、
ちょっと困った、でも、やっぱり大好きな顔で。
その印象を、今、記憶に刻めているだけでも、この部屋で良かったと、
幸せの閾値が極端に下がったテンゾウは考えていた。