18 無理矢理「つなげる」 [サクカカ]



重ねられていたカカシの手が
肩に触れ
肩を抱き
腕を回し
身体を抱きしめ
サクラが、その大きな身体に縋ると
その頬が、サクラの髪に押しつけられ
髪が乱れるままにこすりつけられ
サクラはカカシの体温をかぐ 





初めて人を殺したその感触は
最前線の意味を、脳髄に刻み込む
そのほとんどが、主義主張のない傭われ兵だと知ったのは
殺した後だった
里も国もない、ただただその人の大切なものが
肉を裂くクナイの感触のままに流れ込む
家族とか、家とか、それを含んだその人の時間


凄惨な現場を走り抜け、肩で息をしていると、そこには、カカシがいた。
他の上忍と話をして、こちらにやってくる。
一緒に里に戻ろうか、というその申し出に、サクラは首を横に振った。
髪についていた血が、目の端にちらつく。
あれ、とカカシが言う。
  「気づいちゃった?ヘルプに来たわけじゃないって?」
  「・・・自殺防止?」
  「ははは。鋭いなあ」
優れた上司は、隠し立てすることなく笑う、つまり
カカシは、サクラのためだけに、ここにいると。
  「まあ、そうとは明文化されてないけどね。恒例プログラムのひとつではある」
カカシはサクラを促すと、一緒に里への道をたどり始める。
  「がっかりした?」
  「いいえ。まだそんなレベルだって、わかってるもの」
  「そうか」
とカカシは優しい声音で言った。


道中は特に変わったこともなく、走って、休んで、走って、休んだ。
自分はもう一人前の忍なのに、こうやって、教官がついていることが情けない。
しかも、自死防止との確認に、いともあっさり頷かれて。
先生然として前後して歩くカカシがちょっとうざったく、サクラは一度もカカシを見ない。

でも、サクラはやっぱり間違っていた。
医療忍術の教科書で、何度も理解したはずなのに。
無意味に思える課程にも、過去から積み重ねられた経験に基づく理由があると。

未だ遠い山の端に日が落ちかかり、息のあった動作で、黙々と幕営の準備。
以前の自分なら、疲労困憊して速攻寝ていたが(それはナルトやサスケも同じ)、今は余裕がある。
見晴らしのいい木の大ぶりの枝に腰掛けて、里の方は見なかった。
カカシも上がってきて、隣に座る。
カカシも里の方に背を向けた。
  「サクラはどの辺まで見える?」
カカシが顎で遠くを指した。
  「肉眼では、あの17°の方向の木の先の鳥。チャクラを使えば、全部見えてます」
  「だよね。日常生活でさあ、困ったことない?」
  「ああ・・・ズレですか?」
  「そう。サクラはまだ若いからいいけどさ、俺なんかしょっちゅうだよ、水こぼしたり(笑)」
カカシが笑う。
その会話は、この状況をどうかしようという意図のあるものではなくて、カカシの自然らしかった。
  「戦闘時はもう、全開だからいいけど、普段が困るよ」
  「困る・・・程じゃないけど」
  「だから、まだ若いから修正の瞬発力がいいんでしょ?アレさ、認知だけじゃなくて、筋肉の動きも違うんだろうね」
  「それはない、っていうか、解明されてないって授業では習いましたけど、師匠も違うって言ってました」
  「持ったつもりでコップ弾くの。まあ、無意識の時が多いけど。意識してればもちろんそんなことはないけどさ」
先生は写輪眼も持っているから、と思ったけど、それは言わなかった。
カカシは若さを強調するが、それは同時に未熟さを指摘されているようで、サクラは考え込む。
自分には、場数が決定的に少ない。
日が落ちる瞬間の輝線がカカシの表情を照らし、
  「降りようか」
という言葉に、素直に頷いた。






眠れない。
目を開けて暗い虚空をにらみながら、サクラは眠れないでいた。
チャクラを使えば、辺りの様子もわかって楽だったが、カカシに気づかれずにそうする自信はもちろんなく、
もとより気づかれていることも知っていた。
サクラはカカシを伺えないが、でも、カカシが気づかぬわけがない、という意味で。
やっぱり、カカシはサクラに手を伸ばし、サクラはカカシの声を待つ。
多分教官の声で「眠れないのか?」と聞かれると思っていた耳は、
  「眠れないの?サクラ?」
という優しい声にびっくりした。
カカシの手が、驚くサクラの頬にあてられる。
  「先生・・・」
  「こっちおいで」
え?
暗闇で目を見開き、上体を半分起こしたサクラの腕を、カカシがそっと握った。
絶対、カウンセリングの一環だ、とサクラは思ったが、眠れない理由を一人で抱えられないことにも気づいていた。
カカシが身体をずらして、サクラを隣に置く。
カカシの手がサクラの肩にそっと触れていて、もの凄くホッとしている自分に、サクラ自身が驚いていた。
  「サクラは真面目で・・・」
カカシが言う。
  「真面目でバカだから」
  「え?」
  「俺が、プログラム実行中だと思っている」
あ・・・・
妙な間が開き、それは肯定を意味するに充分だった。
  「違う・・・の?」
バカだなあ、ホント、と言いながら、カカシの手がサクラの肩を抱き寄せる。
  「俺だって人間なんだよ、サクラ」
ああ、そうか、と納得している自分がいて、ちょっとおかしかった。
暗部のカカシと言ったら、だって、神様みたいなもんでしょ?と。
  「白状するけど、もう、心配で、心配で・・・・」
  「先生・・・」
と、カカシがいきなりサクラを胸に抱きしめた。
ビクンと全身の神経が跳躍して
全身の皮膚が、寒い夜気の中で、暖かいカカシを感じていた。
  「もう、ナルトとこういうことしてるかもしれないけど、」
  「してない!」
  「まだ、あいつには任せられない」
カカシが何を言っているのか、サクラには理解できない。
でも、自分を抱く腕の力が心地よく、その安心感は途方もない。
  「医療忍術だけじゃダメだよ、サクラ」
カカシのすべてがサクラに向けられていて、その慈しみの情感は、すべての澱を払拭するかのように強烈だった。
  「サクラが自分で見つけるまでは」
うっとりする。それほど暖かい。
  「俺がいるからね」
不意に眠れない理由の怪物が立ち上がる。
あの人にも、家族がいたのに。
あの人にも、帰る場所があったのに。
喉を、心臓の拍動が上がってきて、それはしゃくり上げる呼吸になった。
  「先生、どうしよう、私」
カカシはなにも言わない。ただただ抱きしめる腕に力を込める。
  「あの人も、私と同じなのに」
吹き出す感情は、絶対安全の領域にいるから。
先生の暖かさは、理屈や精神論じゃない。
大人の身体の大きさは、物理的なそれだけじゃない。
溢れる感情をカカシにぶつけて、サクラは瞬時にいろんなことを理解していった。
  「ねえサクラ」
カカシの声が、カカシの身体を振動して聞こえてくる。
  「背負うしかないんだ。多分」
  「多分?」
ああ、といってカカシがちょっと考えた。
  「俺だって、まだ人生の途中だからね」
  「(笑)」
今は、サクラもカカシの身体に腕を回し、抱きついていた。
医療技術では得られない信頼と安心。
  「だから、背負いきれないときは俺を思い出して」
  「先生も手伝ってくれるの?」
  「うん・・・・足しにはなると思う」
サクラが笑う。
夜の風が幕営のテントを揺らし、今はもう、心地よい睡魔がやってくる。
私の苦しい分、先生が苦しんだらイヤだなと思いながら。





里に戻る。
また、いつもの日常が、動き始める。
  「サクラちゃんさあ」
今日はツーマンセルのナルトが言う。
  「なに?」
  「なんか・・・」
言い淀んで、ナルトが道の遠くを見る。
ナルトの言いたいことはわかる気がした。
変わった、と自分でも思う。
いや、成長した、と表現したい。

でも、

  『自分がもう少し大人だったら、』
目を閉じて聞いたカカシの心音を思い出す。
  『もうちょっとちがった展開になったのかしら』

そう思う自分の心はどうしようもなかった。


2013/01/13


無理矢理つなげたのは、カカシとサクラの心。
本当は身体もつなげたかったけど、カカシがイヤだって。
まだ、「先生」でいたいそうです。