鳴門の案山子総受文章サイト
薄墨色の春 [サクカカ]
一つ一つは可憐なピンク色の、でも全体を見ればゴージャスな花と同じ「サクラ」という名前が、イヤだった。
修行が厳しくなり、自分の能力の無さを思いっきり感じていたサクラは、季節が巡れば必ず美しく開花するその花が、鬱陶しかったのだ。
名前に託された両親の思いも、それら思いを託されるほどの桜という花の在りようも理解していたから、ただの八つ当たりには違いない。
もう、今日は休め、と言われたその足で、灰色の空の下、同調した色味ながらも花弁の先までピンと咲く桜の下に立つ。
川土手の風は大きくまとまってうねり、その風のまま、桜の花も大きく騒ぐ。
ただ、見上げる恨めしげな視線には微塵も揺らがないで、今年も美しく咲き誇る桜に、サクラは長く息を吐いた。
◇◇◇
いつも限界を感じているのに、師匠に今日はこれまでと言われると、まだできる、という思いがいきなり吹き出す。どうして、修行の最中にこの気力が引き出せないんだろうと歯噛みする。
それでも、一日、また一日と日を重ねていれば、初日にできなかったことが、いつの間にかできている。それこそが、成長の証なのだろうが、サクラは満足しなかった。
帰り道にいつも通る、川沿いの土手の桜並木。
歩くテンポのままに、背負った軽い背嚢が乾いた音を立てる。
薄墨色の空を背景に、今日も桜は怜悧な色をそのピンクに溶け込ませ、ゾッとするくらい美しかった。
早く帰って明日に備えようと思うのだが、気づくと立ち止まり、桜を見上げている。
花に共通する、人を引きつける美しさのせいだろうか・・・・・
「サクラ」
呼ばれて、前方に目を転じると、土手の道の向こうにカカシがいた。
こちらに向かって歩いてくる。
「先生」
吐く息にのせてつぶやく。サクラもカカシに向かって歩くが、カカシの方が早かった。
「帰りか?」
「はい」
「ひどい汚れようだね」
言いながら、カカシが笑った。サクラもつられて笑む。
まだ幼かった頃から一緒のカカシの存在は、自分の忍者のルーツに近くて、こうやってそばにいるだけで、気持ちがくつろぐ。
下忍になったときの、嬉しさや自分への期待、頑張らなきゃという意気込みと、ちょっとだけの不安感、仲間に対する競争心と劣等感が、自分の芯にギュッとよみがえり、純粋な思いにぐっと引き戻される。
カカシはどう感じているのか、無邪気なサクラの笑顔を見ている。
その視線にサクラの身体のどこかが『あ・・・』と何かを感じ、そしてカカシがこう言った。
「この間、サクラが言ってた幻術の・・」
「え?・・ああ・・」
「詳しく書いてる本、見つけたよ」
「ホントですか?」
瞬間、川面の方から風が吹き上がり、サクラの髪が掻き乱される。
カカシも自分の乱れる髪を抑えて、塵混じりの風に出ている左目を細めた。
その手が大きく、長い指に髪が絡みつくのをサクラは見る。
「うん。ここで会うってわかってたら持ってきたのにな」
なぜが、心臓がドキンと大きく拍動した。
「先生んちに取りに行ってもいい?」
「ああ、もちろん。でも・・・いいの?」
カカシは、汚れたサクラに視線を走らせる。サクラは、背嚢を揺らして音をさせた。
「着替え、持ってきてるから、先生のトコで着替えさせてください」
「え?」
カカシは目を大きく見開き、サクラを見返す。言ってしまってから、サクラも今の自分の年齢を思いだし、口から出てしまった言葉をどう訂正しようか、冷や汗と共に考えたが、タイミング悪く、慌ててカカシが頷いたのが先だった。
「あ、ああ、いいよ、うん・・・おいで」
「あ、え?・・・あ、はい・・・」
妙な間に、また風が吹き、気の早い桜の花びらが数枚飛び散る。空に舞い上がったそれを追った目は、灰色の空に溶け込む色をすぐに見失った。さっきカカシの指を見上げた角度と同じだと、感じる。カカシが来た道を戻りかけながら言う。
「怪我はしてないよね?」
「大丈夫」
それでも、並んで歩き出した二人には、すぐにいつもの穏やかな空気が戻り、その会話と笑いの中で、いつの間にかカカシの腕を掴む自分と、それを許しているカカシとの関係を、サクラは本当に心地よく感じていた。
今日は、里中に強い風が吹いていて、カカシに触れた部分だけが暖かい。
「まだ、寒いなあ~」
カカシが、腕と身体の間に挟んだサクラの腕を、腕に力を入れて身体に引き寄せる。それは、寒空の下、腕を組むごく普通の人間の行動の様で、サクラも安心してその腕にしがみつく。
「先生、なにか用事があったんじゃないんですか?」
「あ、そうだった。ねえ、先にオレんちに行ってて。済ませてすぐ戻るから」
いいながら、サクラを放し、カカシが身体を翻す。
「あ、先生!!鍵!!」
開いてる、と言いながら、強い風は春なのか先生なのか、サクラの髪を梳いて吹き抜けた。
◇◇◇
「おじゃまします」
もとより誰もいないのだが、そういって平屋に入る。
主のいない男所帯は、早春の強い風の温度のまま、寒い感じがした。
しかも、とても静かだ。
三和土で靴が砂を噛む音が、玄関に響く。
上がっても良かったのだろうが、シンとした空気が心地いいのか悪いのか、サクラの動きを抑える。
そのまま、上がり框に腰をおろし、カカシを待った。
時折、強く吹く風が引き戸の磨りガラスを揺らし、さっきまで、そんな風の中で修行していた自分が、ずっと遠くにいるようだ。
今のうちに着替えようかと思い、いや、帰って来ちゃったら気まずいと思い、逡巡しているうちに、玄関の空気も、ゆっくり柔らかく静かな時間に馴染む。
気づくと、奥の部屋で柱時計の音がしていて、ああ、本当に時間って刻まれるんだと、その小さな発見を何度も心で繰り返した。
ふと気配がして、カカシが戻ってきた。
磨りガラスの向こうで灰色の大きな影が、カラカラと引き戸を開き、影がカカシになる。フワッと入り込もうとした風が、閉じた引き戸にフッと消えた。
「ああ、サクラ」
言いながら、カカシがサクラを見る。
「上がってても良かったのに?」
それには応えず、笑んで見せた。
「じゃ、上がって」
そう言って奥を指した。
カカシの家には何度か来たことがある。縁側のある落ち着いた平屋だ。ほとんどが、七班の連中や、女友達とで、一人で来たことはあまりない。一人の時は、来てもすぐ用事をすませて帰るのが常だった。
「えっと・・・先に着替える?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、奥の部屋使って。オレはこっちにいるから」
緊張してるの私だけなのかな、と思いながら、サクラは頷く。カカシは、桜の下でのタイミングの悪さが無かったかのようだ。
奥の部屋とカカシが言ったのは、一人暮らしで使い切れていない部屋の一つだ。ナルトやサスケが来たときに、泊まったりしたこともあったらしい。
背嚢を下ろして、かすり傷の処置をする。洗面所でタオルを濡らして戻り、身体を拭くと、ちょっとゆっくり着替えた。カカシのいるところに、なんとなく戻りにくかった。
窓の外を見る。
灰色の空は、本当に春が来ているかわからないくらい陰鬱で、桜のない景色は垂れ落ちそうなくらい重く湿る・・・
「今の私みたい」
思いは思わず口から出て、サクラは長く息を吐いた。
縁側の部屋に行くが、そこにカカシはいなかった。
縁側に面したガラス戸が開け放ってあって、一瞬、寒さを予想して身を縮めたが、寒くない。縁側まで行く。風が全くなかった。
「ああ」
と庭を見て納得する。比較的高い板塀に囲まれた庭には、春の強い東風が吹き込まないらしい。
「暖かいでしょ」
やがて来たカカシに背後から声をかけられて、
「そうですね。風がない」
と応える。カカシがサクラの横に来て、しばらく並んで庭を見る。
風が強く吹いて、雲がかなり早く流れているのに、区切られたここだけは、静かで暖かい・・・
「ここにいると、瞬殺だよ」
「?」
「睡魔に」
「(笑)」
「・・・・・座って」
カカシは、部屋の隅の座布団を縁側に二つ置き、自分も座った。
縁側に座ると、縁側の板も陽の熱を吸ってそれを放射しているせいか、立っているよりさらに暖かく、ぼーっとしてしまうほど、気持ち良かった。
「これ、さっき言ってた本」
和綴じの本を手渡される。
「ありがとうございます!」
「他にその幻術のこと研究している人間もいないみたいだから、サクラが管理していい」
「え?」
「持ってていいよ」
「先生、ありがとう」
「うん」
会話はそれで終わる。
空の高い所で風がゴーーッと吹いて、静かな閉鎖系の中から聞く音は、不思議と安らぐ。
沈黙が、でも辛くはなく、ただ、もう用事は済んでしまった。
座れとは言われたが、どうしたものか。
それになんだか・・・・
桜の下で先生に会ってから、なんか、いつもとは違う感じがして落ち着かない。
「サクラ」
不意のカカシの呼びかけが、庭にちょっと反響した。
「はい?」
「ジュース飲む?」
え?・・・と思ったそれが顔に出たらしい。
「あ、ごめん。もう、お茶かコーヒーなのかな?」
言って、ちょっと照れた風なカカシに、サクラが笑った。
「ははは・・・・先生、そんな気を使わなくていいのに」
「だって、もう帰ろうとしたろ?」
「え?」
「まだいればいいのにって思って」
驚きと、焦りと、困惑が同時にサクラを襲い、しかし、その中に確かに「嬉しさ」が混じっていることに、ちゃんと気づいていた。
「先生、時間あるの?」
「うん。もう、この後はずっとヒマだよ」
「私、いていいの?」
「もちろん。むしろ、いて」
今の今まで、カカシはカカシ先生で、それ以上ではなかった。
修行が終わればさようなら、用事が済めばさようなら、だ。
それ以上一緒にいたいと思ったこともなかったし、話をしたいと思ったこともない。
それなのに・・・・
桜の下で感じた何かの正体がわかりかける。
先生が、本当は若い男の人だという事実に、私はきっと気づいたんだ・・・・
いろんな装飾や、他人が押しつけた虚飾を払いのければ、普通のただの青年だと言うことに。そして、次に返した自分の言葉に、サクラ自身が驚いた。
「先生、寂しがりやなんですね」
ああ、自分も、子供じゃなくなっている・・・・
が、カカシはふふふと笑うと、本当はサクラに最後の修行があるんだよね、と言う。
なんだ、そうなんだと急に半分冷めて、
「なんの修行ですか?今、私、師匠からびっちりしごかれてますけど」
と言う。カカシは暖かい庭を見ながら、
「うん・・・わかってる。サクラは頑張ってるよ」
と言った。
風に流される雲は、その流れに隙間を作り、今は細く日が射している。
手で触れたくなるような小さな日だまりは、縁側を素早く動き、それがカカシの上を走るのを見た。
「たださ・・・」
ちょっと言い淀むカカシはサクラには新鮮で、マジマジとカカシの横顔を見た。
「ジュースが好きなサクラなら、まだオレが教えられる事もあったんだけど」
は?何を話しているのかしら?
「先生、私、ジュースも好きですよ」
「ははは・・・いや、そうじゃなくて・・・うん、そうかな」
いいながら、カカシはサクラに手を伸ばした。強い風に髪を抑えた、あの整った左手をサクラに伸ばす。
「先生?」
「握って」
意味がわからない。
ただ、修行と言われたので、言われるままカカシの手を握った。
思った通りの暖かさと大きさで、カカシもゆっくりその手にサクラの手を握る。
「もう、コーヒーも好きかもしれないから、手だけにしておくよ」
「え?」
「疲れたら休みなさいよ?それと全部、自分で背負い込まないでさ」
いつ修行が始まるのかと身構えていた心に、それは不意の衝撃だった。
手を握られて、優しく諭されているだけのハズなのに、心が叫びそうになる。
ぐっと息を飲んでそれを我慢する。カカシは声のトーンを変えず、続けた。
「サクラ・・・我慢するなって言ったでしょ」
先生、と言いたかったが、結んだ唇を開けなかった。開いたら、涙が出そうだった。しばらくカカシは、じっとサクラを見ていたが、急に握った手を自分に引き寄せると、サクラを抱きしめた。
あ、と思うより何より、涙が溢れて、カカシが何か耳に囁いたのを理解したのは、数秒も後だった。
「悩んで塞いでるお前が、心配で、オレ、老けそうだよ」
「先生・・・」
「なあ、オレに相談しろよ。そんなに頼りなくないだろ?」
「先生・・・」
「たまに遊びに来い」
「うん」
「ああ・・・ホント、綱手様、お願いします・・・」
手だけでも、心の緊張が解けるのを感じたのに、抱きしめられてカカシの体温を直に感じることでこんなにも安らぐ事を、サクラは初めて理解した。
抱きしめたまま、カカシは動かない。サクラが充分癒されるまで、付き合ってくれるらしかった。
縋る気持ちのままにギュッと腕に力を入れると、応えるようにカカシもグッと力を入れてくれる。その圧迫は心地よく、身体の芯から癒えるようだった。
カカシの肩越しに、暖かい庭が見える。
小さく千切れていた日だまりは、もう庭全体に広がって、どこから迷い込んだのか、数枚のサクラの花びらがきらきらと輝いて風に乗っているのを見た。
土手から迷ってきたのかしら・・・・
そう思う気持ちが、自分の心と重なって、今感じている体温に感謝する。
余程してから、
「変化したほうが良かった?」
とカカシが言ったが、何のことかわからなかった。
◇◇◇
玄関に下りる。
靴を履いて、ゆっくり振り返る耳に、居間の柱時計の音が聞こえる。
不意に、さっきここに座っていた時間と今が繋がったみたいで、不思議な気がした。
「先生、ありがとう」
いろんな思いを込めてそう言うと、
「ああ」
と言って、なにか続けるようだったので、そのまま聞く。
「サクラの彼氏に悪いコトしたな」
「え?」
「ナルトお得意のお色気の術とかで女の子に変化した方がよかった?」
言った。さっきの質問はこれだったんだ、と可笑しくなる。
「先生、わかって言ってるんでしょ」
「なにが?」
「彼氏なんていません」
そりゃ良かった、といいながらカカシが笑う。
「じゃあ、オレも、彼氏候補に入れといて」
「わかりました(笑)」
玄関を出ようとして、ふっとサクラはゆっくり振り返った。
カカシが見返す。
「なに?サクラ」
「先生も、あのエロ忍術、できるの?」
カカシの驚いた目が、サクラを見る。
一瞬の静寂。
時計の音。
あ、先生の目の縁が赤くなった・・・・
何か言おうとして、カカシが玄関に下りてきそうだったので、
「さようならぁっ!!」
と勢いよく飛び出す。
開いた引き戸から、春の風がぶわっと入り込み、足下に小さな渦を巻いた。
さっきまでは感じなかった風が、強く身体をすり抜ける。
でも、
身体が軽い。
気分も軽い。
サクラは足取り軽く、道に出た。
日だまりは、強い風に押されるように春の乾いた空気を走り抜ける。
自分を知る人に、これほど心をかけられているという事実は、じんわり体温を上げるほど、嬉しくて、癒されるということを、先生は教えてくれた。
「ありがとう」
つぶやく声は風に乗り、その先を見た目は、遠く川縁の土手の桜並木を映す。
灰色の空の下でも輝いていた桜は、日が出てきた今、眩しいくらいに輝いていた。
〈終わり〉
◇◇◇
サクラちゃん・・・俺が知らないうちにそんなことをしていたんだね・・・
「サクラ、本当にこれだけで済んだのかい?」
おいおい、隊長。アンタ、サイテ-な聴衆だな。
「ええ、このときは、これだけよ」
ぶっ!!! [← 男三人吹き出す音]
こここ・・・このとき?!
「っていうか隊長、言ったでしょ?原点なのよ!!げ・ん・て・ん!!」
「あ、ああ・・」
「これが私が先生を意識した最初だったのよ」
「素敵だ、サクラ」
「でしょ?サスケ君」
「そうだってば。女の子のこういう話は初々しくて、可愛いってばよ」
「あら、ありがとう。でも、もしお望みなら、全く別の生々しい話もご披露するけど」
ひええええーーーーーー!!!
俺とサスケはサクラちゃんのもの凄さを知っているから、びっくりして引いたが、底なしの変態を自認する隊長に、その奥ゆかしさは皆無。
「是非っ!!!」
「了解っ!!!」
ひえっ!!ホントこええよ、なにその息があったかけ声!!
ちらちらエロをみてる学生が、いきなりディープな会員制のプレイに引き込まれるような恐怖感だ・・・・
「さ、サクラの本番ストーリーは確保、と」
おい、おっさん!!!ホントにアンタ、暗部の手練れなのか・・・
「なんだい?ナルト」
いや、べつに・・・・・
「でね、それを披露するのはいいんだけど、いちいちタイトルを決めるのが面倒なのよね」
確かに。一番面倒でやっかいだ。
「でさ、みんなの二話目のタイトル全部統一しない?」
「それもまた、随分、大胆だな・・・・」
サスケが唸る。
でも、考えて見れば、「お題」という考え方も出来るわけで、まあ、あながち突飛な発想でもない。
「じゃあそれでいいんじゃないか?」
隊長がどうでもいいように言う。そこが、サスケと違うところだなあ。サスケは変態だけど、ロマンチストでもあるんだ。ひたすらエロ、というかカカシ先生にマニアックな隊長とは違う。
「俺もいいけど。どういうタイトルにするってば?」
「もう、決めてあるの」
さすがだってば・・・・
「じゃ、さっそく行こうかしら」
「ひゃっほーーー!!!」
あのさ、隊長、無様に喜びすぎだっちゅうの。
「うはっ!!ワクワクするなあ、ナルトっ!!!」
サスケ・・・・
こいつら、素直すぎて、俺が居たたまれない・・・・
「あら、ナルトは聞きたくないのかしら?」
サクラちゃん・・・・
あああ、どっちに転んでも針のむしろ!
普通の人こそ肩身が狭い、妄想会議だ・・・・
ああ、俺も変態になりたい・・・・・
続く・・・・